「最近、疲れていますね」
そう言われることが、何度か続いた時期がありました。
体調が悪かったわけではありません。忙しくはありましたが、いつものことです。それでも、そう見えていた。自分の状態が、自分の知らないところで読み取られていたということです。
ただ、身なりを意識するようになったのは、このときが最初ではありません。きっかけは、もっとずっと前にありました。
この記事は、おしゃれの指南ではありません。工場の現場で30年やってきた人間が、なぜ見た目に手を入れることにしたのかという記録です。同じように役職が付いて、なんとなく落ち着かない人の参考になればと思います。
最初のきっかけは、営業に異動したときだった

身なりを気にするようになったのは、営業に異動したときです。2014年から2019年までの5年間、現場を離れて営業をやっていました。
それまでいた製造の現場とは、まるで違いました。足元から、身につけているものまで見られている——そう感じました。
現場では、作業服と安全靴です。全員が同じ格好をしているので、そもそも差が出ません。ところが営業に出ると、靴、鞄、時計、シャツの襟。全部が個別に評価される世界でした。
手本になったのは、当時の社長だった
そのころ、身近にはっきりした手本がいました。当時の社長です。
身なり、清潔感、そして加齢臭。そういうところまで気を配っている人でした。持ち物も、良いもので、清潔感のあるものを使っていました。
派手ではありません。ただ、整っていました。そして整っている人が話すと、同じ内容でも通りがいい。それを間近で見ていました。
「見た目は関係ない」と言う人もいます。でも実際に、整っている人のほうが話を聞いてもらえる場面を、営業時代に何度も見ました。理屈ではなく、目の前で起きていたことです。
そこから、少しずつ整えてきた
なので、これは管理職になって急に始めたことではありません。営業時代から、少しずつ整えてきたことの延長です。
一気に何かを買ったわけでもありません。傷んだものを替え、合わないものをやめ、必要なものを一つずつ。そういう積み重ねが、たまたま今の形になっているというだけの話です。
そして管理職になってから、それが十分ではなかったと突きつけられる場面が続きました。
まだ足りていないと気づいた3つの場面

①「最近、疲れていますね」
冒頭に書いたのがこれです。
疲れているつもりはなかったのに、相手にはそう見えていた。顔色、姿勢、服の状態。そういうものから、人は勝手に読み取ります。
管理職にとって、これは小さな問題ではありません。上に立つ人間が疲れて見えれば、部下は相談を遠慮します。「今、忙しそうだから後にしよう」が積み重なると、報告が上がってこなくなります。見た目が、情報の流れを止めることがあるのです。
営業のときは「相手にどう見えるか」でした。管理職では、「部下がどう動くか」に直結します。同じ見た目の話でも、影響する先が変わったということでした。
② 誰かが、身なりのことで言われているのを聞いた
決定的だったのはこれでした。
会話の中で、ある人の身なりが汚いことを指摘している場面に居合わせたことがあります。本人がいないところでの話です。
そのとき思いました。本人には、たぶん一生伝わらない。そして同じことが、自分についても言われている可能性がある。
これが一番怖いところです。身だしなみは、悪いときほど本人に伝わりません。面と向かって「服がよれています」と言ってくれる人は、まずいません。言われないから問題ないのではなく、言われないから気づけないのです。
③ 何も言われないのに、視線を感じる
時計を替えてから気づいたことがあります。
誰も何も言いません。「いい時計ですね」と声をかけられたこともほとんどありません。それでも、見られている感じはあります。
つまり、人は見ているけれど、口には出さないということです。良いほうにも、悪いほうにも。
「見られている」と気づくのは、たいてい何か言われたときではありません。言われるときは、もう手遅れになっていることのほうが多い。それが分かったのが、この3つの場面でした。
私自身、採用の面接で人を見る立場でもあります。入ってきた瞬間の印象で、ある程度のことを判断してしまっている自覚があります。見る側でありながら、見られる側でもある。面接で実際に何を見ているかは採用する側の課長として書いた転職ガイドにまとめています。
実際に整えてきた5つのこと

① 髪型 ― ツーブロックにした
理由は手入れが要らないからでした。伸びてきても形が崩れにくく、朝の支度が短くなります。工場ではヘルメットや帽子をかぶることも多いので、崩れても戻りやすいのは実用的です。
50代でツーブロックというと若作りに見えないか、と思う方もいるかもしれません。実際にやってみた感覚では、短く整っていること自体が清潔感になるという印象です。奇抜な形にしなければ、浮くことはありませんでした。
そして「疲れていますね」と言われることは、明らかに減りました。
② 時計 ― 国産の機械式時計
正直に書きます。これは昔からずっと欲しかった時計です。管理職になったから買ったわけではありません。
理由も、はっきりしています。選んだのは国産で、加工技術と精度が世界最高水準だからです。
時計というと、ロレックスやオメガといった海外ブランドを思い浮かべる人が多いと思います。知名度では、たしかに国産は分が悪い。それでも国産にしたのは、この分野で日本が到達している水準を知っていたからです。
ケースやダイヤルの仕上げ、そして時間誤差の水準。あれは日本のものづくりが到達した一つの答えだと思っています。30年ものづくりの現場にいた人間が身につけるなら、これしかないというのが正直なところでした。
そして、結果的にこれは現場向きの選択でもありました。理由は目立たないからです。
この時計は、知らない人が見れば普通の時計にしか見えません。分かる人だけが気づく。作業服と安全靴の現場で浮かないというのは、管理職にとって実は重要なことです。現場で「あの人は現場の人間じゃない」と思われた時点で、話が通らなくなることがあるからです。
だから、毎日これを着けて出勤しています。特別な日だけのものにはしていません。
③ 車 ― 中古の国産ハイブリッド車
車は、思っているより見られています。会社の駐車場は毎日そこにありますし、通勤で出入りするところを人が見ています。
それまで乗っていた車が、あまりにも傷んでいました。新車である必要はまったくありませんが、傷んだままにしておくのは違うなと思うようになりました。
実際に比較したのは、プリウス、アクア、フィット、ノートの4つでした。どれも燃費は十分で、そこから先は好みと予算の問題です。
選んだのは国産のハイブリッド車です。決め手は燃費と見た目。ただしコストも重要なので、中古にしました。
時計には良いものを選び、車は中古にしました。全部に金をかけるという発想は、最初からありません。どこにかけて、どこにかけないかを決めた、というだけの話です。
④ 服 ― 妻に見てもらうことにした
服は、いちばん自分では判断できない領域でした。
50代の男性が自分で服を選ぶと、たいてい若すぎるか、老けすぎるかのどちらかに振れます。鏡を見ても、自分の目は当てになりません。
なので、妻に見てもらうことにしました。買うのはセレクトショップで、選ぶ基準は「カジュアルだけど、年相応のシンプルなもの」。派手なものも、若作りなものも避けています。
しばらくして、出張のときに女性社員から「おしゃれですね」と言われました。自分では判断できなかったものが、第三者から返ってきた形です。
自分で決めないというのが、この件でいちばん効いた判断だったと思っています。
⑤ 持ち物 ― A4サイズのリフィル手帳と万年筆
手帳は、A4サイズのリフィル式(バインダー式)にしました。
理由は捨てられるからです。
綴じられたノートだと、その場限りの走り書きも、後から何度も見返す情報も、同じページに並んで残ります。めくるたびに、もう要らないメモを通り過ぎることになる。そして肝心の情報は、その中に埋もれていきます。
リフィル式なら、要らなくなったページを抜いて捨てられます。残す価値のあるものだけが、ずっと手元に残る。
これは5Sの「整理」そのものです。整理とは片付けることではなく、要るものと要らないものを分けて、要らないものを捨てること。現場でそう言っている人間が、自分の手帳でやっていないのはおかしいだろう、というのが正直なところでした。
筆記具は万年筆です。書くたびに丁寧になるというのが、使ってみての実感です。急いで殴り書きができない道具なので、自然と字が整います。
部下が見ているのは、身なりだけではない

ここまで見た目の話を書いてきましたが、現場で見られているのはそれだけではありません。
些細なルールを守っているかどうか。これも、同じくらい見られています。
管理職は「例外」を作れてしまう
作業者はルールを破れません。破れば注意されるからです。
ところが管理職は違います。破っても、誰も注意してくれません。
- ヘルメットのあご紐を締めずにラインに入る
- 「ちょっとだけだから」と保護メガネをかけずに設備をのぞく
- 通路の白線を外れて、近道で横切る
- 立入禁止の表示の前で、少しだけ足を踏み入れる
- 静電気対策のリストバンドを、自分だけ省略する
- 朝礼に、毎回ぎりぎりで入ってくる
どれも「1回くらい」で済むように見えます。そして誰も何も言いません。
だからこそ、見られています。注意されない立場の人間が、注意されないのに守っているかどうか。部下が測っているのは、たぶんそこです。
一度やると、二度と言えなくなる
保護メガネをかけずにラインに入ったところを一度見られたら、その後で部下に「保護メガネをかけろ」とは言えなくなります。言っても効きません。相手は口では「はい」と言いますが、内心では「あなたも掛けてなかった」と思っています。
ルールを守らせる権利は、自分が守っていることでしか手に入りません。役職では手に入らない。
そして厄介なのは、破ったところを見られた自覚が、こちらにはないということです。「身なりが汚いことを陰で言われていた人」と、構造が同じです。悪いほうは、本人に伝わりません。
身なりもルールも、測られているものは同じ
服がよれていることと、あご紐を締めないことは、まったく別の話に見えます。
でも部下から見れば、同じ一つのことです。
この人は、見られていないところで、どうしているのか。
身なりは「毎日の自分をどう扱っているか」が出ます。ルールは「都合が悪いときにどうするか」が出ます。どちらも、本人が意識していないときの姿です。だから信用の材料になります。
管理職の仕事は、決めることと、決めたことを守らせることです。その両方の土台が、ここにあります。
整えてみて、分かったこと

変わったのは、周囲より先に自分だった
周りの反応が劇的に変わったわけではありません。言われたのは「疲れていますね」が減ったことと、「おしゃれですね」の一言くらいです。
はっきり変わったのは自分のほうでした。
身なりを整えていると、姿勢が変わります。姿勢が変わると、話し方が変わります。きちんとした格好をしていると、いい加減なことを言いにくくなるという感覚があります。
自分の見た目と自分の言うことが一致していないと、どうにも据わりが悪い。整えたのは、その据わりの悪さを消すためだったのだと、後から思いました。
部下が見ているのは「一貫性」
部下は、上司の服が高いか安いかを見ていません。見ているのは言っていることと、やっていることが揃っているかです。
「5Sをやれ」と言う人のデスクが散らかっていれば、誰も本気にしません。「品質は細部だ」と言う人のシャツの襟がよれていれば、同じことです。「安全第一」と言う人があご紐を締めていなければ、なおさらです。
身だしなみも、ルールを守ることも、その一貫性がいちばん分かりやすく出る場所だというだけの話でした。現場で信頼される人が何をしているかは、現場で見た「気がきく力」の正体にも書きました。
やっていたのは、買うことではなく「捨てること」だった
時計は良いものにして、車は中古にしました。服は自分では選ばず、妻に見てもらいました。手帳は、要らないページを捨てられるものにしました。
並べてみて気づいたのですが、新しく買った話より、捨てた話のほうが多いのです。
- 傷んだ車を手放した
- 若すぎる服・老けすぎる服を選択肢から外した
- 手帳から要らないメモを抜く仕組みにした
- 全部に金をかけるという発想を捨てた
身だしなみとは、買い物ではなく選別でした。要るものと要らないものを分けて、要らないほうを手放す。現場で毎日やっている整理と、まったく同じことを自分に対してやっていただけです。
そして捨てるほうには、お金がかかりません。
ただし、勘違いしてはいけないこと

高いものを買っても、信頼はついてこない
時計を買っても、部下の信頼は1ミリも増えません。
信頼は、約束を守ること、話を最後まで聞くこと、責任を取ることでしか積み上がりません。身だしなみは、その前提を整えるだけのものです。前提が整っていないと中身を見てもらえない、という程度の意味しかありません。
現場では「浮かない」ことのほうが大事
これは製造業特有の話です。営業の世界とは、ここが違います。
作業者が作業服で汗をかいている横で、管理職だけが華美な格好をしていれば、距離ができます。現場の管理職に必要なのは、上品さではなく、清潔で、動けて、浮かないことです。
だから良いものを選ぶときは、分かる人にだけ分かるものにしておくのが無難だと思っています。この時計を毎日着けていられるのは、それが理由です。
一気にやらなくていい
私自身、営業に異動した2014年から数えて、10年以上かけて少しずつ整えてきました。一度に何かを買い揃えたわけではありません。
順番をつけるなら、こうだと思います。
| 順番 | やること | 理由 |
|---|---|---|
| 1 | 自分がルールを守る | お金がかからず、いちばん効く |
| 2 | 傷んだものを捨てる | これもお金がかからない |
| 3 | サイズを合わせる | 高いものを買うより効果が大きい |
| 4 | 髪と爪を整える | 現場でいちばん見られている |
| 5 | 誰かに見てもらう | 自分の目は当てにならない |
| 6 | 好きなものを持つ | ここは自分のため。最後でいい |
1〜4までで、見え方の大半は決まります。しかも1と2はお金がかかりません。
これから役職が付く人へ

役職が付くと、居心地が悪くなる時期があります。急に距離を取られたり、これまでの話し方が通じなくなったりします。管理職になること自体を避けたくなる気持ちも分かります(それについては管理職を避けた40代・50代が直面する現実に書きました)。
その居心地の悪さは、能力の問題ではなく、立場が変わったのに、自分の見え方が前のままだから起きている部分があります。全部ではありませんが、確実にいくらかはあります。
そして身だしなみは、悪いときほど本人に伝わりません。誰かが陰で言われているのを聞いたとき、私が思ったのはそれでした。
私の場合、営業に異動して初めてそれに気づき、そこから少しずつ手を入れてきました。早く気づけたのは、身近に手本がいたからです。整った人が話すと、同じ内容でも通りがいい。それを目の前で見られたのは、運が良かったのだと思います。
もし今、そういう手本が身近にいないなら、まず傷んだものを捨てるところからやってみてください。お金もかかりませんし、今日できます。
まとめ

- 身なりを意識したきっかけは、2014年の営業への異動。足元から持ち物まで見られる世界だった
- 当時の社長が手本だった。身なり・清潔感・加齢臭まで気を配り、持ち物も清潔感のあるものを使っていた
- 整っている人が話すと、同じ内容でも通りがいい。それを目の前で見た
- 「疲れていますね」と言われるのは、顔と姿勢と服から状態を読まれているということ
- 身だしなみは、悪いときほど本人に伝わらない。陰で言われて終わる
- 部下が見ているのは身なりだけではない。些細なルールを守っているかも同じくらい見ている
- 管理職は注意されない立場だからこそ、注意されないのに守っているかを測られる
- ルールを守らせる権利は、自分が守っていることでしか手に入らない。役職では手に入らない
- 良いものを選ぶなら、分かる人にだけ分かるものを。現場では浮かないことが優先
- やっていたのは買うことではなく選別だった。捨てるほうにはお金がかからない
- 一気にやらなくていい。私も2014年から10年以上かけている
部下が見ているのは、身なりも、ルールも、結局は同じ一つのことでした。
この人は、見られていないところで、どうしているのか。
見た目を整えることは、自分を偉く見せるためではありませんでした。言っていることと、立っている自分を揃えるための作業でした。営業時代にその入口を教わって、管理職になってから、その意味がようやく分かった気がしています。
もし今、管理職であること自体がつらいと感じているなら、管理職を辞めたいと思ったときに考えたいことも合わせて読んでみてください。

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