役職定年はつらいのか|まだ迎えていない課長が取引先で見たこと

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「役職定年 つらい」

そう検索して、ここに来られたのかもしれません。

先に正直に書いておきます。私はまだ、役職定年を迎えていません。製造業の現場で30年、いまは課長をしています。

そして、もうひとつ正直に書きます。自社の役職定年が何歳からで、給料がどう変わるのか、私はまだ調べていません。

それでもこの記事を書こうと思ったのは、取引先で、役職定年を迎えた方に会ったことがあるからです。その方を見て考えたことが、ずっと残っています。

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「まだ調べていない」という人は、たぶん多い

役職定年の記事を探すと、制度の説明が並びます。何歳から、給料は何割、企業の何%が導入している——そういう情報です。

でも、当事者になる前の人は、たいてい調べていません。私がそうです。

理由は自分でも分かっています。まだ自分の話だと思っていないからです。

制度としては知っています。あることも知っています。それでも「自分が何歳のときに、いくらになるのか」を調べる気にはなりませんでした。調べたら現実になる気がして、避けていたのだと思います。

この記事は、そういう段階の人に向けて書いています。

取引先で会った、役職定年を迎えた方

その方は、役職を外れたあとの立場で仕事をされていました。

※ どこの会社か、何をされていたかは書きません。特定されないよう、状況の詳細は省きます。

少し、気楽そうに見えた

意外だったのは、思っていたより気楽そうだったことです。

「役職定年=落ち込んでいる」という勝手なイメージがありました。実際に会った方は、そうではありませんでした。肩の力が抜けている、という感じでした。

次世代のサポートに徹していた

そして、自分が前に出るのではなく、次の世代を支える動き方をされていました。

指示を出す立場ではなくなった。でも、経験は残っている。その経験を、若い人が動きやすくなるように使っている——そう見えました。

これは、うまくいっている形だと思いました。役職を外れた人が全員こうなれるわけではないと思います。

ただ、その方の言葉が引っかかっています

会話の中で、その方はこう言いました。

「しょうがない、会社に勤めるしかないので」

淡々とした言い方でした。恨み言でも、愚痴でもありません。

でも、私はこの言葉が忘れられませんでした。

気楽そうに見えたのは、受け入れた結果だった

順番が逆だったのだと思います。

気楽になったから受け入れたのではなく、受け入れるしかなかったから気楽になった。

「しょうがない」というのは、選ぶ余地がなかったという意味です。ほかに道がないなら、目の前のことを引き受けるしかない。次世代のサポートに徹するという姿は、その結果として選ばれた形だったのかもしれません。

つらいのは、役職定年そのものではない

ここが、この記事で私がいちばん言いたいことです。

つらいのは、役職を外れること自体ではないのだと思います。

  • 給料が下がること
  • 部下がいなくなること
  • 年下が上司になること

どれもきついことです。でも、それ以上にきついのは「しょうがない」としか言えない状態ではないでしょうか。

同じ「次世代のサポートに回る」でも、こう違います。

どちらか中身
選んでそうしている納得がある
それしかないからそうしている「しょうがない」になる

やっていることは同じでも、中身がまったく違います。

あの方のノウハウは、他でも通用したはずです

その方を見ていて、私が強く思ったのはこれでした。

この人の技術と経験なら、外でも活かせる場所があるのではないか。

長年培ってきたノウハウがありました。現場を分かっていて、若い人に教えることもできる。それは、その会社の中だけで通用するものではなかったと思います。

たとえば、こういう場所があると思います

漠然と「外でも通用する」と言っても仕方がないので、具体的に書きます。

① 中小企業の管理職

大手や中堅で当たり前にやってきた仕組み——標準化、工程管理、品質のルール、人の育て方——は、その仕組みがまだない会社にとっては、そのまま価値になります。

現場を回してきた人なら分かると思いますが、仕組みを一から作れる人は、どこの会社にもいるわけではありません。

② 技術顧問・コンサルティング

週に何日か、あるいは月に何回か関わる形です。フルタイムで雇うほどではないが、聞ける人がほしいという中小の製造業は少なくありません。

③ 若手の教育・研修

長く現場にいた人ほど、言葉にできる失敗の数を持っています。それは教科書には載っていません。

でも、ご本人は「会社に勤めるしかない」と言っていました。

⚠️ 外に出るべきだった、という話ではありません。その会社に居続けるのは、まったく正しい選択です。私が引っかかったのは、「しかない」と思っている状態のほうです。

同じ場所に残るのでも、「ほかにも道はあるが、ここを選ぶ」と思えているかどうか。そこが違うのだと思いました。

では、いま何を準備しておくか

まだ迎えていない立場で書けることは、多くありません。それでも、あの方を見て考えたことを書きます。

① 自社の制度を、いちど調べておく

私がまだやっていないことです。何歳からで、給料がどう変わるのか。

調べても現実は変わりませんが、「いつ来るか分からない」状態のほうが、たぶん消耗します。日付が分かっていれば、そこから逆算できます。

② 経験を、社外に説明できる形にしておく

あの方のノウハウが外で通用しなかったわけではありません。外に伝える形になっていなかっただけだと思います。

  • 何ができるのか
  • どんな問題を解決してきたのか
  • それは他社でも起きることか

社内では説明不要のことが、社外では説明が要ります。その翻訳を、元気なうちにやっておく。採用する側から見て何が評価されるのかは、製造業の転職ガイド|採用する側の課長が本音で解説に書きました。

③ 「選べる状態」だけは作っておく

転職しろ、という話ではありません。選択肢を持っておく、という話です。

実際に外に出るかどうかは別として、「出ようと思えば出られる」と自分で思えているかどうかで、同じ役職定年でも受け取り方が変わるはずです。

「しょうがない」と言わずに済む状態を作っておく。それが準備なのだと思います。

まだ迎えていない私が、いま思うこと

私は役職定年を経験していません。だから「こうすれば大丈夫」とは書けません。

ただ、あの日に見た姿と、聞いた言葉は覚えています。

気楽そうに見えた背中と、「しょうがない」という言葉。この2つが同じ人のものだったことが、私にとっての学びでした。

管理職になったときも、似たことを感じました。立場が変わると、見え方が変わる(その話は部下は上司の身なりを見ているに書きました)。そのときになってから慌てるより、先に少しだけ考えておくほうがいい。役職を避けるかどうかで悩んだ経験(管理職を避けた40代・50代が直面する現実)や、辞めたくなったときの考え方(管理職を辞めたいと思ったら)も、根は同じ話だと思っています。

なお、同じ「きつさ」でも、生産技術には別の種類のプレッシャーがあります。「技術的に無理です」と言った瞬間、会社全体の取り組みが止まる——その話は生産技術はきつい?やめとけ?にまとめました。

まとめ

  • 私はまだ役職定年を迎えていないし、自社の制度も調べていない
  • 取引先で会った方は、思ったより気楽そうで、次世代のサポートに徹していた
  • ただ本人の言葉は「しょうがない、会社に勤めるしかないので」だった
  • 気楽になったから受け入れたのではなく、受け入れるしかなかったから気楽になったのだと思う
  • つらいのは役職定年そのものではなく、「しょうがない」としか言えない状態
  • 同じ場所に残るのでも、「ほかに道はあるが、ここを選ぶ」と思えているかどうかで中身が変わる
  • 準備は3つ。①自社の制度を調べる ②経験を社外に説明できる形にする ③選べる状態を作っておく
  • 行き先は転職だけではない。中小企業の管理職/技術顧問・コンサル/若手教育という形もある
  • ⚠️ 転職を勧めているのではありません。選択肢を持っておく、という話です

あの方の技術と経験は、外でも通用したと思います。通用しないと思い込まされていただけなのではないか——そう考えるようになってから、自分の準備の仕方が変わりました。

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この記事を書いた人

現場・生産技術・法人営業・マネジメントを経験。
机上の空論ではなく「現場で役立つ知見」を発信。
・昇格したばかりの課長としての奮闘記
・現場改善・AI活用の実践例
・人間関係・キャリアの悩みへの具体的な解決策
・介護と仕事の両立経験からのリアルなヒント

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